『性感帯についてのアレコレ』
普通のヒトは一通り相手の性感帯を押さえれたらそれに終始してしまうようだ、中には的ハズレなのになにかで知識を得たのか過去にコレ!と言った手応えがあったのか同じ事を一貫としてスル事がある。
AV男優がそのイイ例だ。
彼らが映像として残ってしまうのでワンパターンがバレやすいw
多分一般の方たちの中にも数多くいらっしゃるのは女性側のハナシを聴いてればわかる。
自分がヘタだと思われたくない、自信喪失に陥りたくない、そんな思いから性感帯信奉者になってしまう。
そもそも性感帯とはなんぞや?
俺はコレについてかなり考えていた事があった。
かくゆう俺も若い頃男優であったので中々失敗スル事は極力避けなければならない立場上、性感帯を意識せざるをえない状況になった事も多くあった。
けれど俺はこの人間の案外いい加減なカラダの感じ方に、いま一つ性感帯信奉論者にはなれなかった。
相手の反応をちゃんと観察していればたとえ他のヒトには劇的な効果のあった性感帯も全く梨の礫の場合もある。
特に俺には誰でもカンタンに魅せる事が出来るヒトばかりは回ってこないで、他のヒトがダメなヒトばかり相手させられていた。
誰が相手してもそこそこなヒトは楽だ、けれど俺は敗戦処理投手みたいな役割をかなり担わされた。
もうそれはフツーの個人の男優レベルではなくてメーカーの都合だとかに近い存在になっていて苦労の割には報われない立場だった。
楽な子は誰が相手してもなんとかなるがダメな子に関してはそのままダメになってしまうのでは商売上がったり、というワケで俺があてがわれた。
観ているヒトはそんな事お構いなしに観ているワケで、なんとか視聴レベルにまで引き上げてあげなければならないがそんな縁の下の苦労は観ているヒトにはカンケーないので本来ダメダメな子がほかと比べてなんら遜色ないレベルになってもわかりはしない。
そして俺としても自分たちは悪くない、ダメな子のせいにしてしまう多くのAVには反発もあった。
さっき言ったが観ているヒトにはカンケーないのだ、ダメな子だろうとなんだろうとなんとかするのがプロだと俺は思っていた、それを女優のせいにスルのはプロ失格であると。
ハナシを戻そう、この性感帯という神がくれたヒントなのだがあくまでヒントとしてしか俺は捉えていない。
昔代々木忠さんが催眠術で女の子の手のひらが貴女のおまんこだ、って暗示を入れたら手のひらをこすっただけでその女の子は感じまくってしまうという事があったがそのような事を観ていてピンとくるヒトもいるかも知れない気の持ちようでカラダに変化をもたらす事は実際にある。
相性が合えば相手のカラダに触れずともシオを吹かしたりすら可能であるのだ。
そして同じ相手でも性感帯なんて1回のSEXの中で微妙に変化してもくる、所詮性感帯とはカラダの反
応であるがゆえ気持ちの在り方が大きく作用してくるのだ。
触れなくてもシオを吹かすと言ったが実際俺はそんな事を何度も経験している。
シオを吹かすにはGスポットを、って思い込んでいる方たちが多くいるがあんなもん女性がその気になれば自分だけでも吹けるのだw
AV男優が吹かせているばかりではなくAV女優が自ら吹いている場合もあるのだw
前に手コキ研究会で「誰が為にイク」というような趣旨で講演をシたことがあったがこの時俺が言っていた事はSEXとオナニーの違いについてやイクというのはどういう事なのか?についてハナシてすごい反響があった。
物理的に捉えられがちなイクについて一石を投じたと思う。
多くのヒトがイクという現象をカラダのみの感覚で捉えていたので反響が大きかったのだと思う。
ドコどー刺激すればイクのか?なんていう週刊誌的な安易な疑問や興味に溢れていたヒトたちにはショッキングな内容だったと思う。
カンタンに言うとオナニーは自己完結で良い、しかしSEXになると相手がいるのである。
オナニーの時のように自己完結のまま互いが接していては互いのカラダを使ったオナニーである、相手とのコラボレーションこそSEXであってソレがあるからこそ他のヒトともシタくなるのだ。
相手が変われば当然コラボも変わりそのコラボはその相手と自分唯一のもの。
コラボがなければどれもおんなじようなモノになってしまうからやがて飽きてしまうだろう。
どんなにスゴイ名器だとかなんとか言っても所詮膣の限界はある、手コキが最強となってしまうw
そして中途半端に膣に未練を残しているのはなお悪い、病は気から堕ちるので、物理的反応で生きてイクのではなく本当の人間らしくアッタマばっかりでもカラダばっかりでもダメよね、プチダノン♪で生きて行こう(^o^)